2010年11月12日 秋季イベント  ( 内容詳細へ)   HOME 

 「ジャーナリストは〈当事者〉とどのように向き合うか についての 感想文


  寄り添うことで社会に伝えていく


 今回は「ジャーナリストは〈当事者〉とどのように向き合うか?」というテーマで、山城紀子さんと大久保真紀さんのお話を聞いた。その中で考えたことを書こうと思う。

 まず、なぜジャーナリストは社会的に弱い立場の人々のことを記事として書くのか。大久保さんは、中国残留孤児の取材の際、「現状を見てしまった」「伝えなければならない」と感じたとおっしゃっていた。社会的に弱い立場にある人々は、社会に対して自らの想いを発信することができない。彼らの想いをジャーナリストが彼らに寄り添うことで社会に伝えていく。これがジャーナリストの基本姿勢なのではないかと感じた。

 また、副題にあるように「感受性と想像力」も重要である。何が問題なのか気付くためにはこうした力が必要だと思う。山城さんはこの力を普通の教育では養えないのではないかとし、新聞記者になってからこそ学ばなければならないとおっしゃった。

 当事者との取材で重要なことは、ジャーナリストがしっかりと聞く耳を持つことと、当事者が話のできる相手になること。しかし、この距離感の確保は難しいことだ。

 大久保さんがタイで人身売買される少女を取材した時、彼女に「逃げたい」と言われたことがあるそうだ。こうした時、ジャーナリストはいかに行動すればよいのか。もちろん正解があるわけではないと思う。少女と一緒に逃げればよいのか。それとも取材だけして帰ればよいのか。ジャーナリストは当事者になることはできない。記事を書くことでしか社会に訴えることができないのに、当事者になってしまっては記事が書けなくなる。大久保さんの答えは、そのような少女を助けているNGOの電話番号を教えることであった。当事者に寄り添うけれど同化はしない。そういう意味ではジャーナリストは孤独な存在だといえる。この体験を聞いて、一人の人間としての大久保さんとジャーナリストとしての大久保さんの間での心の葛藤を見る想いがした。

 今回のシンポジウムを通して記事を読んだだけではわからない、ジャーナリストの心の変化や一人の人間としての想いなどを聞くことができた。この貴重なお話をもとにこれからもジャーナリストと当事者の関係について考えていきたいと思った。

 
当事者と向き合いたいと思う、その思い


 確固たる自分の意思、当事者と向き合いたい、どうにかしたいという内発性のある感情をお二人から感じとった。山城さんには、病院の院長に「山城さんになら病院の悪口を言ってもいい」と患者さんに言わせてしまうその人間力がある。それは小手先ではできないと思う。山城さんが本当に当事者と向き合いたいと思う、その思いが周りを突き動かすのだろう。大久保さんには、観察者としての立場と個人としての立場での葛藤があった。「感情だけだとダメで、気分的に追い詰められて夢に出ることもある。」という。個人としてその当事者に手を差し伸べることもできる。でもそれをしてしまえば、観察者ではなくなる。そこにはあらかじめ用意された答えはない。自分でひたすら考え、悩み続けるしかない。そういう意味で「限りなく近く、しかし同化せず」なのだと思う。                     

 お二人とも原稿は当事者には見せない。原稿を見せることで書く側のペンが抑制されてしまうからだ。記事はセンセーショナルな部分を扱うことがある。そのため前もって原稿を見せた方が、相手を傷つけないで済むし、楽だろう。しかしそれでは本当に記者が伝えたいことではなくなってしまう。当事者のことを思いやるからこそ必要な決断をしなければならない。

 お二人のように当事者に寄り添って、耳を傾ける人が増えたらもっともがき苦しむ人の助けになるかもしれない。しかしすべての記者がこのようなスタンスで取材すればいいというわけではない。情報をひたすら集める記者もいるし、スクープを追う記者もいる。大阪地検特捜部検察官のFD改ざん問題を発見できたのもそういう記者がいたからだ。ジャーナリストがこうでなければいけないという枠組みはないのではないか。様々なやり方があるからこそ機能するのだろうと思う。

 しかしその時忘れてはいけないのは、ジャーナリストとしての自分の信念だと思う。ただ仕事だからといって割り切っているのではなく、向き合う姿勢や共感する気持ちが大切なのだと思う。お二人のお話を伺い、とても刺激を受けた。お二人の目が、取材がどれだけ大変だったか、当事者のことをどれだけ思っていたかということを訴えていた気がする。

 

      ペンは暴力になる


 お二人の内に秘めた強さに終始、圧倒されました。とても面白かったです。山城さんのお話の中で、「ペンは暴力になる。」というお話が印象的でした。精神障がい者の方が記事になったその日に、その方が再度入院したというお話でした。記事にして多くの人に伝えるということは、その人の人生に影響するものであるが故に、慎重さと、当事者に対しての説明がなされるべきだというお話でした。大久保さんも共通したことを仰っていて、大久保さんは相手が仮に実名で良いと言っても、未成年の少女らの生活を考えてあえて実名にはしないこともあるそうです。常にそうした当事者の今後の人生のことを考える姿勢に心打たれました。それは「取材によって当事者を変える。ステップアップさせる。」(山城さん)という言葉にも表れています。

 大久保さんの中国残留孤児の方についてのお話の中での、おばあちゃんのお話に目頭が熱くなりました。夫と戦後、中国に残され、厳しい冬を越す為に、そのおばあちゃんは夫を弟と偽り、中国の貧しい農家に嫁として入る。翌年、妻には子どもができ、夫は一人日本に帰国する。このエピソードが忘れられません。そんな悲劇が本当にあるなんて、信じられません。

 他にも沢山のジャーナリズムを考えるヒントがあったと思います。

 「はじかれた人ではなく、はじいた社会に問題があるのではないか。」(山城さん)

 「虐待を受けた子どもたちに援助者としてではなく取材者として付きあいたい。」(大久保さん)
“ここまで話したら任せるよ”という信頼関係を築けるか。」(大久保さん)

 将来ジャーナリストを目指す学生にとって、言葉の節々に大切なことが満ち溢れたシンポジウムでした。全体を通して、とても歯切れ良くお話して下さった印象でしたが、その迷いのなさの裏には、人並ならぬ自問自答があったのだと思います。

 私も日々、自問自答しながら自分の考えを深め、自分の答えをはっきり持った人間になりたいとシンポジウムを終えて強く思いました。


       六田  (2年)           堀江  (2年)        樽野  (3年)