報道が社会を変えるー取材過程論ー今週の一押し感想文               HOME
2010年  7月22日岡村黎明  7月15日長井暁  7月8日鈴木洋嗣 7月1日小林篤  
      5月20日山本宗補


2010年7月22日 講師岡村黎明

メディア・アナリスト。大東文化大学国際比較政治研究所客員研究員。早稲田大学政経学部新聞学科卒。東京大学新聞研究所研究生修了。朝日放送報道部記者からスタートし、編成部プロデューサー、編成部長、国際部長、解説委員を務め、朝日ニューススター編成統括室長。立命館大学教授、大東文化大学教授を歴任。現在、石橋湛山早稲田ジャーナリズム大賞審査委員。

著書に、『テレビの社会史』朝日新聞、『テレビの21世紀』岩波新書、『2011年7月24日』朝日新書など。

講義テーマ沖縄・普天間と日米関係の方向〜民放国際記者、国際メディア研究の自分史
講師の選んだ感想文 2点

その1
E.K.さん(4年生)

黎明さん、黎明さんのお話はまるで古き良き時代を思わせるようなものでした。無我夢中で報道の現場に携わっていらっしゃる黎明さんの御姿を想像しながらお話をうかがっておりました。

質問時間に新聞学科について質問をさせていただいたのは私です。黎明さんのようにいきいきとしたジャーナリストを輩出するような新聞学科はなぜ消えなければならなかったのでしょうか。これまで様々な場面でこのことについて考えてきたのですが、黎明さんが新聞学科をご卒業されていると知り、改めてこのことに関心を寄せました。今、ジャーナリズムを学問として学ぶことに関して様々な見解があると思います。私は、一つの学問として成立させた方がよいと考えます。

マスコミ関係者の中には、大学時代にジャーナリズムについて勉強している学生を嫌う傾向があると聞いたことがあります。その会社の色に染まらないからというのが理由だと聞いたのですが、これが本当なら、日本のジャーナリズムはどうなっているのかと不信感を抱きます。本講義を受ける際、私は常に報道は社会を変えることができるのかということを問いながら受けていました。そして、本当に報道は社会を変えられるのかと思う時もありました。しかし、報道すらされないことが社会にはたくさん流布していると思います。社会には知らないことはたくさんありますが、知らないでよいことはそんなに多くないと思います。そして、そのような知らせる必要があるものを社会に気付かせるためにジャーナリストはいるのだと思うようになりました。

本講義を受講する以前は、周りの友達でマスコミ志望者が多いから受けてみようと思っていたくらいですが、やっぱり私も社会を変える立場になりたいと強く思うようになりました。就職活動を終え、社会でも第一歩は決まりかけている私ですが、必ずやいつか報道に近いところで活躍できる人間になりたいと思います。本当にありがとうございました。



無我夢中でジャーナリズムに取り組んできたーーその通リを見透かされてしまったようですが、全体として、お話したかったことを真っ直ぐに受け止めてくれて嬉しく思います。報道が社会を変えられるのかとおもっていたあなたが、15回を通して、社会を変える側に立ちたいと考えるようになtっとは素晴しいことです。これからも報道に近いところで活躍してください
講師の選んだ感想文 2点

 
その2



T.B.君(2年生)

岡村氏の講義では日米関係について考えることができた。また、日米間の政治的なつながりだけでなく、両国それぞれの報道の在り方の比較なども行われ、今までの講義の総決算的な意味合いも含まれていた。

岡村氏は日本のジャーナリズム、そして、これからのジャーナリズムの形をも総合した新たな視点を考えるよう問題提起してくれたのだ。これまで、「報道が社会を変える」の講義を受けて、一貫してジャーナリズムの授業が行われてきた。

私は講義で学習したことを自分がジャーナリズムに接するときの姿勢に活かし、近視眼的な視点ではなく、より広い視点で物事を見られるようになれればと思った



日本とアメリカのジャーナリズムについての考え方を、素直に受け止め、そこからジャーナリズム、ジャーナリスト、の独立を考えてくれました。これからも、国際的な視点で、ジャーナリズムを考えてください。          


■ 2010年7月15日 講師:長井 暁
 
 NHK番組制作局ディレクターとしてETV2001「問われる戦時性暴力番組改変 事件に関わり、2005年1月に「政治家の圧力があった」と内部告発の記者会見を行う。 NHK当局が全面否定するなか、その後番組制作から外され2009年に退職。ディレク ター時代には中国語の能力も活かして中国現代史や日中関係史の優れたドキュメンタ リー番組を制作。NHKスペシャル「張学良がいま語る〜日中戦争への道」(1990年12月)、NHKスペシャル「御前会議〜太平洋戦争開戦はこうして決められた」(1991年8月)、現代史スクープドキュメント「731細菌戦部隊〜前編・後編」(1992年4月)、NHKスペシャル「周恩来の選択〜日中正常化はこうして実現した」(1992年9月)、 NHKスペシャル「毛沢東とその時代〜前編・後編」(1993年12月)など。これらの番組 はいまでも一見の価値があり、学生諸君にお勧めである。おそらく長井さんが学生諸君にお話になりたかったのは、むしろこれら番組のこと, その「取材過程論」のほうであっただろう。番組改変事件のことではなく、、、。番組制作が長井さんの本業であり、職業であったのだから。(花田)

講義テーマNHK番組改変事件に見る日本のジャーナリズム

講師の選んだ感想文1点




 H.I.君(2年生)

今回は、長井さんのお話を伺った。昨年ジャーナリズム概論の時に勉強したETV特集の 番組改編事件の際のデスクを行っていた長井さんのお話で、当時の状況が改めてよく わかった。

NHKという独特の組織なだけに、政治家に予算を人質に取られてしまったりするなど、公共放送である前に国のご機嫌伺いをしなければならない状況が生まれてしまうことがある現実を知り、ショックを受けてしまった。ジャーナリズムは権力の監視が重要であるのに、経営の観点から権力に迎合してしまう経営陣と政治記者たち。長井さんのようにジャーナリストとして動いている人間の報道に対する熱意をすべて潰し、内部告発していわゆる「左遷」をさせる。このようなことを今後も続けていくようであれば、日本は素晴らしいジャーナリストを次々と失ってしまう。今一度日本の報道機関にジャーナリスト、ジャーナリズムとは何かを考えてほしい。

また、ジャーナリストを志す私たちは、このような闇の部分とどのように戦って、真のジャーナリズムを押し進めていかなければならないかを真剣に考えて、負けないジャー ナリストにならなければならないと感じた。






ジャーナリストを目指す皆さんの多くは、組織ジャーナリズムに所属することになるでしょう。それ自体は間違った選択ではありません。日本において組織ジャーナリズムの存在はまだまだ大きいですし、人材養成のシステムを備えているところが多いからです。私の所属していたNHKも人を育てる組織ですし、個性的で優秀な多くの同僚に囲まれてやりがいのある仕事ができる組織でした。

重要なことは、皆さんが組織ジャーナリズムに所属した時に、組織の一員であると同時に、プロのジャーナリストであるという自覚をどのように持つかということです。そのためにはジャーナリストとしての専門性を磨くとともに、職業規範や職業倫理を確立しなければなりません。そして「真実」の報道を歪めようとする勢力(それは外部の政治家、企業、団体であることあれば、内部の上司や経営陣であることもあるでしょう)と遭遇したときに、ジャーナリストとしての自分の良心に従って行動できるようになってください。

「真実」こそが、ジャーナリストの寄って立つべき最強にして最後の砦です。人それぞれに事情がありますから、職を賭してまで闘えとは言いませんが、常にぎりぎりのところまで抵抗するという姿勢を堅持することが大切です。ジャーナリズムについて深く学んでいる皆さんには、「ジャーナリズムとは何か」「ジャーナリストが守るべき規範は何か」を深く考え行動できるジャーナリスになっていただきたいと思います。

 7月8日 講師:鈴木洋嗣
   (文春新書局次長兼編集部長 『週刊文春』の取材記者、デスクを経て、2004年から4年間編集長
    09年から『文藝春秋』編集長。10年から現職)

講義テーマ文藝春秋」と「週刊文春」−雑誌づくりの現場から

「講師が選んだ感想文1点」


 H.I.君(2年生)

今回は、雑誌のジャーナリズムということで、週刊文春・文芸春秋の編集長を務め た講師の方おお話を伺った。毎日休みなしに、取材、執筆、ネタを考えるなど多忙な 毎日を送っていた先生の生活を聞いて何人かの学生が驚いていたことに僕はむしろび っくりした。ジャーナリストというのは基本休みなんてないと僕は考えているので、 こんな世界に入ってみたいとむしろわくわくしてしまった。

週刊誌の立ち居地は、良 い意味でのスクープ・スキャンダリズム。荒っぽさと力強さ。質問した学生が言うよ うに、「こんなことまで知らなくてもよい」という意味はよくわかる。しかし、そん なことをいい始めたら、世の中の報道なんてすべて「こんなこと知らなくてよい」も のになってしまう。みんながみんな、朝鮮半島の問題や、基地問題ばかり知りたいわ けではない。芸能人のスキャンダルや、政治家のスキャンダルも知りたがっている人 もいる。しかも、週刊誌はそればかり追っているわけではない。新潮の報道で、この 相撲協会の野球賭博の問題も露呈したわけであり、政権交代を巻き起こしたりしたこ ともある。

一度、雑誌ジャーナリズムを見下したりせずに、真剣に読んでもらいたい と感じた。今回の講義の中で、鈴木さんが「ズレを自覚している」ことが大切だとお っしゃった。どうしても自分の理想を追ったり、忙しい取材に忙殺されていると、世 の中の常識からズレてしまう。だからこそ、常識を磨く。スーパーを回ったりしてい るという話を聞いて、この鈴木さんは、市民の目線に立とうとしている立派なジャー ナリストなんだと改めて感じた。

僕も、このような学習をしてると高尚な人種になっ た気になりがちなので、もっと市民の目線に立って、何がいま必要とされているのか をしっかりと考えて生きたいと感じた。






雑誌づくり、ジャーナリズムの現場の面白さが少しでも伝わったなら嬉しいです。そのなかで個人のプライバシーと報道する自由との相剋は一記者として常に悩ましい問題として考え続けてきました。確かに芸能人のプライバシーを表現の自由とするのはおかしいという質問は鋭い。

しかし、政治家はよくて芸能人ではいけないという線引きは誰が、どういう資格で判断できるものなのか−−これは「講師のコメント」言論の制限と裏腹の問題でもあります。『表現の自由』も重要な人権であることをいま一度考えるきっかけとなれば幸いです。
■ 2010年7月1日 講師:小林篤 (フリーライター)

 『足利事件〜冤罪を証明した一冊のこの本(講談社文庫)の著者、廃刊となった『月刊現代』への寄稿家

 講義テーマジャーナリズムからちこぼれた雑誌記者境界」という曖昧な立ち位置
「講師が選んだ感想文1点」

.K.A.君(3年生)

今回はフリージャーナリストの小林さんが講義をしてくださった。話の冒頭から「私は話すのが苦手で…」とおっしゃっていたが、私はこれには疑問を感じた。ジャーナリストたるもの文章だけで伝えるのは限界がある。やはり生の声できちんと言わなければ、文章だけでは理解できない部分もあるので、少し心配になった。案の定、話全体がいったい何を言いたいのかイマイチ伝わってこなかった。しまいには、花田先生の助けも借りながら授業を進行していった。これは仕方ないかなと思ったけれども、授業を聞いているのは学生であるので、たとえ花田先生から質問を投げかけられても、学生の方向を向いて答えてほしかった。先生の方向を向いて答えてもきちんと学生たちには伝わらないと感じた。ジャーナリストは文を書くことも大事だが、言葉はもっと重要だと改めて感じた授業でした。





































































  (写真ブログより複写しました)
 
  花田宛のメールより抜粋

Aくんを選んだ理由は、彼のようにジャーナリストを捉えている学生さんに、ボクはジャーナリストではないということを言葉とは別な表現で伝えたかったのです。

用意してきた文章を放り出してボクは生の声で「自分はジャーナリストではない」と繰り返しながら、支離滅裂な雑誌記者の体験的与太話を口走り、どうやら成功したと思えたのが彼の感想でした。齟齬・齟齬・齟齬…。

人のすなるコミュニケーションは誤解の連続で、お互いをほんとうに理解し合えるなんてことは至難の業に思えます。ものを書くということを生業にしているものの、じつのところボクは、「あまり」言葉を信じていません。

以前に、中学生のいじめ自殺事件を単行本にすべく、肩慣らしでブログというものを使って、プロローグの原型のような文章を書いてアップしたことがありました。
それは『いじめ気まぐれ通信』と題した9つばかりの与太話で、< http://blogs.yahoo.co.jp/orahadakkura/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=2 >その4の『切っても切れないおもちゃの刀』という記事の中に、ボクはこんなことを書きました。

      ☆

物事は、そこにあるのに、意識のありようで見えたり見えなかったりするけれど、ただ見えないということで存在そのものを否定するのは、自分の世界を狭くて貧しいものにするばかりでなく、外の世界をさえ危うくすると思います。見えるものや計算できることしか大事にしない人が多い世の中ですが、見えないものや合理では答えが出ないことに意識を向けていくと、不本意でないワタシを生きられる世界が見えてくる…かもしれない。

ボクは、わかり易い話が下手なうえ、言葉をあまり信じていません。簡単で便利な道具ほど、扱いが難しい。幼い子供でも、言葉で人を酷く傷つけることができます。カッターナイフとかって刃物と一緒。だからかな、若い人たちは、傷つけることに過敏になって、安全でやさしくて曖昧なやわらかいオモチ#のような言葉で、相手と遣り取りする傾向があるように思われます。

コミュニケーションの道具として、便利すぎることで、簡単に伝わることで、言葉を頼りすぎていると、大事なことほどソコナワレてしまう。大切なことは、むしろ言葉にならない、言葉にできない、文章なら行間に漂うもどかしさ…。掴まえた言葉以外のことで相手に届くのではないでしょうか?
      ☆

ジャーナリストたるものはAくんの指摘したとおり、生の言葉できちんと語ってナニゴトか理解を深めるように伝えるべきでしょうが、ボクはジャーナリストではないばかりか、それになろうという気もないことをお話ししています。また物事を体系化して論理立てることが苦手であることも伝え、研究者や学者、また学問を教える教育者ではない

ことはプロフィールで事前に紹介されています。ジャーナリズムがなんであるかわからないまま雑誌記者をしてきたボクは、学生さんを前にして、困った困ったと周章狼狽しながら、言葉ではなく、そうであるワタシをひたすらさらけ出すことで、ボクが伝えたいと思う大事なことを届かせようと精一杯になった90分です。

花田先生たちが見るに見かねて助け船を出してくれましたが、沈没したところでダメ・ジャーナリストには変わりなく、質問してくれた彼らに向かってハナシをすることは、ボクにとってはしごく当たり前のことで、学生さんが問いかけてくれば、その人に向かって答えたでしょう。ボクは雑誌記者という仕事柄、もっぱらマンツーマンの関係でコミュニケーションすることを修練してきました。相手の言葉に耳を傾けるだけでなく、その声色や表情、さらには振る舞いになるたけ注意を払い、むしろ言葉の向こう側にあるナニゴトかを汲み取ろうとします。

つまり、教室という場所にいる学生の人たち全員に神経を配る余裕はまるでなく、きちんと話せないボクに、それでも何か訊きたいことのある人には全力で応えたいと思うからです。

Aくんの感想はとても率直で、ジャーナリストではないオチコボレの雑誌記者のボクの姿を、正確に映し出しているんですね。そして他の学生さんたちの感想にも少なからず書かれていたことですが、ボクの講義の冒頭の質問に、彼もまた「きちんと」答えてくれたように思います。もちろん「わからない」という答えにも、そのわからなさぶりが正直に吐露されていて、いまさらながらそ〜だよなぁ…と感じ入りました。

今回の講義をボクが引き受けた一番の動機は、「ジャーナリズムってなんだろう?」という問いかけをして、それを学んでいる若い人たちに教えてもらいたかったからでした。

想い出しても赤面してしまう醜態なボクの講義でしたが、Aくんをはじめ、みなさんには深謝します。ありがとうございました。

こばやしあつし


2010年5月20日 講師:山本宗補 (フォトジャーナリスト)

ニュース報道よりも長期ドキュメンタリー取材の手法で、フ ィリピンやビルマなどアジアを撮ってきた。10年前から「老い」のテーマを取材するとともに、「戦争の記憶」を残すことの重要性に気づく。2009年8月から琉球新報で「戦争の記憶」を連載中。この連載は山本さんのホームページで読むことができる。


2010年 佐々木秀嶺写真集『日本行脚〜44年ぶりの母国64日間の全記録大日如来南天鉄塔記念協会発行
2006年 写真集『また、あした 日本列島老いの風景アートン新社
2003年 写真集『世界の戦場から:フィリピン 最底辺に生きる』 岩波書店
 同上  写真集『ビルマの子供たち』 第三書館など。

 講義テーマアジアの取材から見えてくる日本
「講師が選んだ感想文1点」 「講師が選んだ感想文1点」 
T. I. 君(4年生)

 貴重なご講義ありがとうございました。佐々井秀嶺氏の取材のお話の「佐々井氏の人間としての面白みに惹かれ、当初の取材 目的からはだんだんそれていった。」というお言葉で、私の「取材」に対する考えが 柔軟になった気がします。

これまで「取材」というと、知りたいこと、解決すべきことなどを事前に整理し、目的のために取材対象から最短距離で情報を聞き出すものだと思っていました。しかし取材過程であっても、何か他に面白さを見出してそこにもっと突っ込んでいくこと で、予定外のいい取材活動ができることが先生のお話でわかりました。

来春から、新 聞記者として社会に出て行く予定です。どんな取材対象にも自分なりの考えを巡らし、面白みを見つけられる記者になりたいと思います。

最後になりましたが、田母神氏に対しての先生の言葉に大変重みを感じました。アジアの国を多く渡り歩いてきた先生だからこその重みだと思います。ありがとうござい
ました。




来春から新聞記者として社会に出るというT.Iさん。記者活動を開始する前にできることをたくさんやっておいてください。良い取材はそれまでの積み重ねが活かされ てはじめて可能だと思います。実社会で起きている日々の事象は、分野の違いはあっても、20歳そこそこで大学を卒業したばかりの、人生経験の浅い、というよりも、これから本当の人生経験を踏んでいくことになる若者が、取材して理解して分かり易く 活字化するには、手強すぎる相手です。

 取材には時間がかかるものです。「最短距離」で必要な情報を聞き出す能力はロボ ットに求めればいいのです。人間が人間を取材する以上、そこには喜怒哀楽の感情が 常に伴うものだと思います。人間的な感情を大切にすることを忘れないでください。仕事の効率だけを求め競争していると、失われるものがたくさん出てきます。

 記者になる前に、特にアジアの隣国やその周辺を旅してみることをおすすめしま す。現代の社会問題の背景に、60年以上前の戦争による負の歴史が潜んでいることに 気づく格好のチャンスです。多様な世界、多様な生き方、多様な民族や信仰、多様な 文化と伝統にも直に触れるチャンスです。そうした体験が取材者としての仕事にいずれ活かされることになります。田母神俊雄前航空自衛隊トップの幼稚な発言や論文などに惑わされることはなくなります。

現代の戦争や内戦下でも、過去の戦争においても、社会問題でも、被害者の視点や立場への想像力を持つことができない社会人は増えるばかり。社会人になる前に柔軟な視野、多様な価値観に直接触れてください。そうした積み重ねは、必ず後で活きてきますから。