早稲田大学
ジャーナリズム研究所

J-Freedom
 

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2017年6月13日

デービッド・ケイ教授、記者会見でワセダクロニクルに言及

国連人権理事会が任命した「言論表現の自由権の促進と擁護についての特別報告者」、デービッド・ケイ氏(米国カリフォルニア大学アーバイン校法学教授)の目には日本の状況はどのように映ったのか。同氏は臨床医のように日本の言論表現の自由の状況を診察して「診断書」を書いた。「診断書」が国連理事会に提出される前に、6月2日上智大学で記者会見が行われた。

前提として、次のことは言っておかなければならない。特別報告者について「個人の資格で報告する」という言い方が政府を初めとしてメディアでも流布されているが、それは誤訳か、さもなければ意図的な歪曲である。国連のサイトには次のように書かれている。
“A Special Rapporteur is an independent expert appointed by the Human Rights Council to examine and report back on a country situation or a specific human rights theme. This position is honorary and the expert is not United Nations staff nor paid for his/her work. “(注1)
訳せば、「特別報告者は一国の状況あるいは基本的人権について調査し報告を上げるために人権理事会によって任命された独立した専門家である。この立場は名誉職であり、この専門家は国連職員でもなく、報酬が支払われることもない。」

ここには「個人」という言葉は登場しない。登場するのは「独立した」という言葉である。これが重要なのであって、何者からも影響されないということを意味している。菅官房長官は記者会見で「個人の資格」と言っていたが、外務省の通訳は大丈夫なのか。日本は現在、国連人権理事会の理事国である(MEMBERSHIP OF THE COMMISSION ON HUMAN RIGHTS、2006年から2008年まで)。

記者会見場の受付では英文報告書のうちの「第5章 結論と勧告」の部分、3頁分が配布された。記者会見のスピーチでケイ氏は「結論と勧告」のうちで特に3点をピックアップして強調した。@メディアの独立、Aデジタル技術、Bマイノリティ・グループの権利の擁護である。そして、時間をとって説明したのが、@メディアの独立だった。そこが今回の報告書で最も重視されたことが分かる。

その「メディアの独立」という論点では言論表現の自由が脅威に直面しているとして、さらに3点がピックアップされた。
 ・独立性の確保の問題
 ・ジャーナリストの連帯の欠如という問題
 ・記者クラブシステムの問題
報告書の「結論と勧告」の方を見てみると、「メディアの独立」は第65項〜第68項の4項目となっている。

第65項:これは政府向けで、放送の独立を強化するために放送法第4条の見直しと廃止を勧告し、同時に独立した放送規制機関の設置を勧告している。

第66項:これはメディア企業・組織向けである。調査報道に携わっているジャーナリストや他の職能人に対するいかなる形の脅迫や介入に対しても拒否する姿勢を公に表明するように要請する。

第67項:これもメディア企業・組織向けである。公共放送も民間放送も、また新聞や雑誌も、その編集活動への直接的であれ間接的であれ、いかなる形の圧力に対しても不断の警戒を怠るべきではない。特に、議論のある争点について調査報道に携わり、また論評するジャーナリストに対して十全な支援と擁護を保障しなければならない。とりわけ注意が払われるべきなのは、大変敏感な争点について調査しているジャーナリストたちを支援することである。そのような争点とは、たとえば、沖縄における軍事活動に反対する抵抗、放射能汚染・被害の影響、そして第二次世界大戦における日本の役割などである。

第68項:これは日本のジャーナリストに向けられている。これは全訳しておこう。
「メディアの自由と独立とは、ジャーナリストの間の大きな連帯なしには確保されることはあり得ない。特別報告者はジャーナリストのアソシエーションに現在の記者クラブシステムの影響を議論すること、また責任のある立場の全ての人々にできるだけ広い範囲のジャーナリストの参加を許容することを要請する。同時に、特別報告者はジャーナリストに次のことを要請する。独立した報道の促進というものが多くのメディアで仕事をするプロフェッショナルズによるアソシエーション作りの促進によってどのように先に進みうるかということを評価検討するように要請する。」

この第68項こそは、私の見方では、この「結論と勧告」の中で核心部分となっている項目である。つまりここでケイ氏は何を言っているのか。簡単に言えば、「日本のジャーナリストは連帯して自分たちの職能組織(アソシエーション)を作り、メディアの自由と独立を守るために立ち上がれ」と言っているのである。

ただ、私の見るところ、ここでの問題はケイ氏に呼びかけられている「ジャーナリスト」は日本にいるのかという問題である。ここで表現されている「ジャーナリスト」がいないのであれば、ケイ氏の呼びかけには対象が存在しないということになる。絵に描いた餅である。ケイ氏は会見で、日本のジャーナリストは会社への忠誠心が第一にあって、ジャーナリストの同僚への連帯感やジャーナリズムの原理への忠誠心が乏しいように見える、と述べていたのを思い出す。問題は、そういう人々を国際的な用語で言うところの「ジャーナリスト」と呼ぶのかということだろう。

さて、ケイ氏の発言で注目されたのは、調査報道への言及の多さである。調査報道の強化を強調して、そのためにこそ「プレスの自由」は使われ、擁護されなければならないのだと述べていたことが印象に強く残った。

質疑応答の中で、ケイ氏は調査報道について述べた下りで、以下のような発言をしたのを聞いた。そこでケイ氏はワセダクロニクルについて言及した。

「全てのジャーナリストは全員がそれによって、染まっているということを言っているわけではない。すばらしい調査報道があるということも知っている。日本においてそういうものも存在しているというのは、目の当たりにもしたことがある。英語に翻訳されたものは私も読ませてもらっている。『ファクタ』とか『早稲田クロニクル』(注2)、あるいはそういったようなところが本当にいい作業をしているということは承知をしている。でも私はこの部屋におられるジャーナリストの方々に聞きたい。文字通り、お願いしているということではないが、そういう種類、まっとうなジャーナリズムが、定期的にマスメディアに存在しているかどうかということを自問自答していただきたい。そしてそれを報道してほしいということだ」(注3)

記者会見に出席していた記者たちはこの発言を聞いて、彼の要請をどのように聞いたのだろうか。私には手がかりはない。しかし、この点といい、第68項といい、これらの問題の当事者は記者会見場に来て、私が座っていた座席の前方の記者席で質問を発していたり、メモを取っていたり、カメラを回していた人々ではないのだろうか。他人事のようにやり過ごせる問題ではない。もしも「自問自答」することもなく、自分の問題ではないとやり過ごすことができたとしたら、記者席に座っていたのは「ジャーナリスト」ではないということになるだろう。果たしてそれでいいのだろうか。

(注1)http://www.ohchr.org/EN/Issues/FreedomOpinion/Pages/OpinionIndex.aspx
(注2)正しくは、ワセダクロニクル。
(注3)産経ニュースは「デービッド・ケイ氏会見詳報」を掲載している。そこからの引用である。私の訳ではない。
http://www.sankei.com/politics/news/170603/plt1706030001-n9.html
全体は以下の通り。
http://www.sankei.com/politics/news/170602/plt1706020055-n1.html
http://www.sankei.com/politics/news/170602/plt1706020056-n1.html
http://www.sankei.com/politics/news/170603/plt1706030001-n1.html

花田達朗

2017年6月11日

安倍首相へのCPJの手紙

6月4日の国際シンポジウム「アジア地域における調査報道ジャーナリズム:その可能性と展望」は無事に終わりました。この会議によって、「可能性と展望」は確実に開かれたと言うことができます。参加者の誰もがそのことを実感し、確信したと思います。そのことを、シンポが終わったときに言葉を交わした人々から強く感じました。何かが始まる、何かが始まろうとしているという雰囲気がありました。これこそが国際的に見られる、ジャーナリストたちによる会議の雰囲気なのです。

さて、そのシンポを共催した国際NGO、「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」は6月9日付けで安倍首相宛に手紙を送りました。その公式の英文版と日本語翻訳版をここに掲載します。CPJはその手紙で、外務省がシンポのために来日中だったCPJのデレゲーションのメンバー、元ロイター通信編集長のDavid Schlesinger氏およびCPJ会長のSandra M. Rowe氏との面談に応じなかったことを明らかにしています。おそらくそこで伝えようとしたことが伝えられなかったので、安倍首相への手紙となり、その手紙を公表したものと思われます。その手紙では、国連人権理事会特別報告者のDavid Kaye氏の報告書の提言を真摯に受け止め考慮するように求めています。

海外のジャーナリスト団体が日本の「言論表現の自由」「プレスの自由」状況についてアクションを起こしてる中で、日本のジャーナリストたち自身がケイ報告書を受けてアクションを起こすべきときなのではないでしょうか。

花田達朗    (公式の英文版を読む)    (日本語翻訳版を読む) 


2017年5月12日 

その訳

「どうしてこの人はジャーナリスト養成教育などというものを大学でやっているのだろう」と思われていた方が多かったかもしれません。その背景のある部分を伝える記事が、2017年5月11日付け朝日新聞夕刊に掲載されました。「一語一会」という欄です。「あなたのためにならないから、やめておいた方がいい」、これが見出しです。ご関心の方は、どうぞご覧ください。 (記事を読む

花田達朗


2017年5月8日

  マーク・リー・ハンター氏とともに作った5日間終わる
 
ジャーナリズム研究所の招聘で来日された調査報道ジャーナリズムのトレーナーの世界的第一人者、マーク・リー・ハンターさんとの5日間が昨日終わりました。公開シンポジウム、ジャーナリスト向けのワークショップ、ワセダクロニクルとの作業討論と、連日にわたって大変濃密な時間を早稲田キャンパスの中で持つことができました。これは日本の一般公衆(メディアのオーディエンス)、ジャーナリストのみなさん、そしてワセダクロニクルにとって貴重な財産となることでしょう。10年後から振り返った時、あの5日間から日本の調査報道ジャーナリストは多くのことを学び、それを実践に移し、事実に語らせる強靭なプロダクトを産み出し、それまで知られることがなかった権力活動の被害者や犠牲者の無念を晴らし、そして社会が少しでもより善いものへと改善されていく切っ掛けを作り出したと言われることでしょう。そのころにジャーナリズムの歴史の研究者がいるならば、きっと本にそう記述することでしょう。将来から見て、それほど意味のある5日間だったと私には思われます。
 
2015年10月にノルウェーのリレハンメルで開催されたGIJC(調査報道ジャーナリズム世界大会)で私がハンターさんに会って以来、ハンターさん編著の『調査報道実践マニュアル―仮説・検証、ストリーによる構成法』(旬報社)を翻訳出版し、そしてハンターさん自身を日本にお招きしてイベントを開催するなど、戦略的に進めてきたことの一部ですけれども、研究所としては、やるべきことはやったと考えています。あとは、日本のジャーナリスト(これからジャーナリストになる学生を含めて)のみなさんの意志と才能と努力にかかっています。この芽から果実を、大きな収穫を収めてほしいと思っています。
 
ハンターさん、お疲れさまでした。またいずれビールで乾杯しましょう。
 
花田達朗

   

2017年1月1日元旦

新年あけましておめでとうございます。
今年も早稲田大学ジャーナリズム研究所をよろしくお願いいたします。

研究所はジャーナリズムの改善を目標に掲げてきました。その改善のやり方として、以前からのジャーナリスト養成教育の活動に加えて、ジャーナリズム実践の活動に自ら参加していくことにしました。非営利のニュース組織を立ち上げて調査報道ジャーナリズムをウェブ上で展開していくというグローバルなムーブメントの一角をここ日本で担おうとしています。そのプロジェクトが早稲田調査報道プロジェクト(Waseda Investigative Journalism Project: WIJP)です。現在発信開始に向けて準備中ですが、今月中には『ワセダ クロニクル』の題字でみなさんの前に登場する予定です。

この国のジャーナリズムを改善し、調査報道ジャーナリズムを支援するために、昨年11月終わりに二冊の本、花田達朗、別府三奈子、大塚一美、デービッド・E・カプラン著『調査報道ジャーナリズムの挑戦―市民社会と国際支援戦略』、マーク・リー・ハンター編著『調査報道実践マニュアル―仮説・検証、ストーリーによる構成法』(高嶺朝一、高嶺朝太訳)を旬報社より同時に出版しました。ぜひお読みいただきたいと思います。私がなぜいまWIJPをサポートするのか、その理由と背景は、一番目の本の中の「第1章 なぜいま日本で調査報道か―ジャーナリズムとグローバル市民社会の接続」で十分に述べたつもりです。いまのところ、それに付け足すことはほとんどありません。

『ワセダ クロニクル』は帆船のようなものです。やがて帆を高くあげて、風を受けて、大海へと乗り出していきます。小さいながらも優秀なエンジンを備えていますが、残念ながら燃料が十分ではありません。そう、お金、資金がないのです。それでも出航します。帆船の主たる動力は風です。偏西風に乗れば最高です。その風はどこからやってくるのでしょうか。『ワセダ クロニクル』にとって、それは市民社会から吹いてくる風です。頼りはその風しかありえません。高く掲げた帆に風が吹いてくるのか、市民社会は凪なのか、それは出航してからでないとわかりません。

ジャーナリズムというイズムの発露を憧憬するジャーナリストたち、そしてその発露を待望・渇望し、その動きに連動していこうとする市民社会の人々、それらが両輪となって同期して回転していくとき、この世の中を善い方向へと変えていく力が生まれるのではないでしょうか。いや、順番は逆で、この世の中はもっと善いものであっていいはずなのではないかという市井の人々の想いと、どうして善いものになっていないのかという疑問をもち、その原因の解明を探求していこうとするジャーナリストたちの気概とが両輪となって、と言うべきでしょう。その両輪を繋ぐシャフトこそは善く生きようという市井の人々の倫理観(あるいは夢)と、パブリックに議論されて作り出される、つまり異質な他者とのコミュニケーションという過程の中から作り出される「正義」ではないでしょうか。「正義」の悪用に辟易としてしまって「正義」を破れ草履のごとく排除するのではなく、「正義」の作り出し方の基準を明快にすることによって「正義」の地位を回復していく道があるのかもしれません。「正義」を完全に追い出してしまっては、ジャーナリズムは成り立ちません。ジャーナリストが立つのは「暫定的な正義」という基礎だと思われるからです。


2016年7月31日 その2 

相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で、7月26日未明、元職員の26歳の男性が施設利用者の19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせた。そのあと、自首して逮捕された。

容疑者は2月に事前に永田町の衆議院議長公邸を訪れ、大島理森議長宛の手紙を公邸職員に手渡していた。その手紙の文面が東京新聞の7月27日朝刊に掲載されている(一部省略あり)。それを読んで、私はこの事件が思想的殺人事件だと思った。容疑者側の思想に立つならば、実に論理的に書かれている。明晰な動機と準備に基づく犯罪だ。

容疑者はその手紙において、「日本国と世界の為」に2つの園の障がい者260名を抹殺する任務を引き受ける用意があるとして、日本の立法府と行政府の長に対して、具体的には大島理森氏と安倍晋三氏に対して、その委託を自分にするように要望しているのである。そして、それを受託する条件も周到に考えてリストアップしている。心神喪失による無罪判決を受け、最長で2年後に釈放され、自由を得るというシナリオを描き、その自由の保障を契約として求めている。そして、5億円の支援金が対価であり、契約金である。「ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します」と書いている。国家が仮にしたくても表立ってはできないことを、自分が裏で委託を受けて代行しようと提案しているのである。

容疑者は、大島氏が安倍氏と相談するように促しており、その相談後に彼に秘密の契約書が送られてくると信じたのであろう。しかし、5ヶ月経っても返事がないので、委託契約なしに踏み切ったのであろう。

この犯行は確かに極めて突出したものである。しかし、その突出さの標高の高さは広い社会意識の裾野をもたずには存在できないはずだ。犯罪者も人間として社会的存在であり、犯罪現象は社会が生み出すものだからだ。その広い社会意識とはどのようなものなのだろうか。氷山の見えない部分、海の中に沈む氷山の本体部分に相当する。そこにこの思想的大量殺人事件は根を張っている。

興味深いのは、容疑者が大島氏と安倍氏を相談相手に選び、その二人を、自分の任務を理解してその遂行を委託する可能性のある人物と見なしているということである。容疑者にはこの国の政治的リーダーたちがそのように見えていたということなのだ。この国の政治はそのような方向をとっているのか。「国民」にそのようなメッセージを発しているのか。

もしそうではないというのなら、大島衆議院議長は間髪を入れず、代議制民主主義の議会の議長として彼が代表している「国民」に向かって声明を出し、容疑者の思想と行為を公然と否定すべきではなかったか。議長はいまだに沈黙を守っている。その声明は容疑者を批判するよりも、むしろ「国民」に向かってこの優生思想を決然と否定してみせるものであるべきだろう。ドイツのガウク大統領であれば、そうしたに違いない。日本には本当の意味の政治的リーダーシップを理解した政治家がいないのではないだろうか。この国の国家機関および政治家はこの事件の思想と行為に対して音無の構えである。それらと関係がないと考えているのだろうか。それらに黙して同調しているだろうか。

むしろ間髪を入れず声明を出したのは、障がい者の当事者団体であった。27日の東京新聞夕刊1面トップには「全国手をつなぐ育成連合会」が出した「障害のあるみなさんへ」というメッセージが全文掲載された。少し大きな活字で、やさしい文章で、ルビもふられていた。そのメッセージは、「もし誰かが『障害者はいなくなればいい』なんて言っても、私たち家族は全力でみなさんのことを守ります。ですから、安心して、堂々と生きてください」と結ばれている。この文章が新聞に大きく掲載されたことは、多くの当事者、障がいのある本人やその家族を助けただろう。これを本人に読んで聞かせた家族もあっただろう。多くの当事者はこの文章が多くの一般の人々にも読まれたであろうことを想って、少し救われたかもしれない。

そして、これを読んだ多くの非当事者、一般の人々は考えただろう。容疑者の思想と行為が何と野蛮なものであるかということを、この社会が野蛮になってはいけないということを。誰がその野蛮を許しているのかということを、それは黙している者たちではないかということを。

東京新聞は翌日の朝刊でも社会面トップに再びこのメッセージを堂々と掲載した。どんな識者コメントの掲載よりも編集部の想いが伝わってくる。新聞が決然としてその役割を果たしている姿はすがすがしい。

私たちはどのようなコミュニケーションでこの社会を作っていこうとするのか。私たちは社会と国家の間にどのような関係を求めているのか。この事件の犠牲者がそのことを考えるようにと私たちに問いかけているように、私には思われる。
 (花田達朗 )

右見出しの記事を読む( 1 容疑者の手紙  2 障害のあるみなさんへ 3 手紙に関する記事と声明 

          

2016年7月31日 その01 

過ぎ去った4月の出来事について、遅ればせながら、ここに資料を収容しておきたい。
国連人権理事会から特別報告者に任命されているデービッド・ケイ氏(米国カリフォルニア大学アーバン校教授)が4月11日に来日して、日本における言論表現の自由の状況を調査し、暫定的調査結果を公表した。正式の報告書は来年公表される予定。  (花田達朗)

これに関する東京新聞の記事および暫定調査結果 

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国連のプレスリリース原文と暫定調査結果の原文

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報道自由度ランキングで日本は72位

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 (花田達朗)



  
  早稲田大学出版部 目次などを読む

  
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2016年7月24日

3年前、本研究所の前身であるジャーナリズム教育研究所は2冊の本をセットとして早稲田大学出版部より刊行した。『レクチャー現代ジャーナリズム』と『エンサイクロペディア現代ジャーナリズム』である。刊行後、書評紙『週刊読書人』の依頼で、その主要執筆者4名が座談会を行い、それが紙面に掲載された。そこで私たちは、なぜその2冊の本を刊行したのかという背景と動機を中心に語り合った。この国のジャーナリズムの問題状況を語り、その改善の方向を示したつもりである。その座談会は「ジャーナリズムの自由と未来に」と題されて掲載された。まさにそれこそが、私たちの動機だった。

私たちはあれから3歳、年をとった。その間に、日本のジャーナリズムにおいて「自由」は拡大しただろうか。「未来」は開かれつつあるだろうか。私たち4名のうち誰一人として、3年前の座談会で述べたことを修正しなければならないと感じる者はいないだろう。つまり、何も変わっていないのである。いや、残念ながら、むしろ逆の方向に進んでいると言わざるをえないのである。自由は外からも内からも抑圧され、未来は開かれようとしていない。犠牲者は日本の公衆(パブリック)である。私たちの出版行為に対して、共鳴板はないのか。世の中に、それに共振する周波数はないのか。日本の公衆(パブリック)は犠牲者に甘んじるのだろうか。

このホームページの世話人の佐藤敏宏さんからの提案を受けて、その座談会の紙面を再掲することにした。いま、再度、「ジャーナリズムの自由と未来に」を問いたい。 (花田達朗)
       (記事を読む)
■2016年7月3日 

研究所では調査ジャーナリズムに特化したメディアをネット上に立ち上げるべく鋭意準備してきました。今年の3月11日にデータジャーナリズムのサンプル版をアップしましたが、調査ジャーナリズムのプロダクトは夏以降にリリースする予定です。そのプロジェクトの案内チラシを作りましたので、ここに掲載します。ご覧ください。ご支援のほどお願い申し上げます。 花田達朗  (チラシを見る
2016年5月2日 
最近の全国紙の動向を見ていると、ジャーナリズムの顔をほとんど失い、情報産業としての顔、ビジネスとしての顔がひときわ強調されるようになったと思われる。その点では全国紙同士の間に違いは見られなくなった。違いが見られるのは地方紙と全国紙の間である。そこで、私は『いいがかりー原発「吉田調書」記事取り消し事件と朝日新聞の迷走』(七つ森書館、2015年3月刊行)に収録された拙稿「『吉田調書』記事取り消し事件」の論理的解剖」のなかでカットした文章を思い出すのである。依頼した原稿が予想以上に集まったので、紙幅が膨らみ、ゲラ段階で自分のところを2割ほどカットしたのだが、カットされたなかに次の箇所が入っていた。それをここに陽の目を見させたくなった。それは本の41ページ末のあとに置かれていた。

 付言しておけば、朝日新聞や有力地方紙以外の、ほかの記者クラブ・メディアには少なくともジャーナリズムとしては(ビジネスとしてはいざ知らず)もっと希望がないのは言うまでもない。その点ではジャーナリズムとして日本の地方紙には優れた実績とともにまだ十分な潜在力と可能性があることを強調しておきたい。日本の新聞の景観・風景はいま山脈の形をはっきりと変え、ふたこぶラクダの形をしてきた。朝日新聞がこういう事態になってくると、そして全国紙(中央紙、在京紙とも呼ばれる)を初めとした、首都に本拠地を置く全国カバー・メディアが与党色を強めてくると、ここで地方紙ジャーナリズムが在野精神を発揮して一層がんばらなければ、地方と「地元」の世論が中央を動かし、中央の独走・暴走を制御していくことはできないであろう。名ばかり「地方創生」の中央支配を組み替えていくことはできないであろう。地方紙ジャーナリズムにはただがんばるのではなく、明確な方向性をもって展望を切り開いていってほしい。ジャーナリズムの山脈の「山が動く」情景を見たいものである。 (花田達朗)
2016年4月16日
今夜、『スポットライトー世紀のスクープ』(トム・マッカーシー監督、2015年製作)を観てきました。もうご覧になりましたか。
事実に基づく映画です。舞台は米国東海岸のボストン・グローブ社で、時期は9.11のあった2001年。ということは、同新聞社がニューヨーク・タイムズ社の100%子会社になった1993年よりも後であり、ボストン・レッドソックスのオーナーに売却された2013年よりも前のことになります。その紙面に「スポットライト」という欄をもつ調査報道部の記者4名+デスクと、ニューヨーク・タイムズから派遣された新任の編集長がカソリック教会の神父たちによる児童への性的虐待を暴いていく物語です。司祭個人の問題から教会システムの問題へと捉え方が深まっていくところが圧巻です。アカデミー賞の作品賞と脚本賞を授賞しました。

この映画で調査報道記者たちがVictim(犠牲者)の側に立っているのが印象的です。それは「パナマ文書」でICIJがそのサイトに「Victims of Offshore」(オフショアの犠牲者)というアニメ動画をわざわざ掲載して、提示していた視点と同じです。そして、強者が不正や悪事を行うとき、それを個人のレベルを越えてシステムの問題として捉えている点でも両者は一致しています。権力とは個人のレベルを越えたものです。こういう視点をもっていることこそが Investigative Journalism の本質だと思います。

新宿の映画館で、午後8時50分からの回で観ました。土曜日の遅い時間だったせいか、観客に私の世代はほとんどおらず、ほとんどが若者でした。入りはよかったです。こういう映画に関心をもつ若者を大勢目にして、明るい気持ちになりました。スクープが掲載された新聞が輪転機で印刷されていくシーンは、どの映画で見ても感動します。(花田達朗)

     
2016年4月4日
東京で見る新聞では、今日の朝日新聞と東京新聞(共同配信)の朝刊にICIJ(The International Consortium of Investigative Journalists)のプロジェクトパナマ文書によるタックスイヘブン(租税回避地)に関する調査報道記事が掲載されています。朝日新聞記事を読む) (東京新聞記事を読む

今日が解禁ということで、ICIJ自体のサイトでも記事が大きくリリースされています。
https://panamapapers.icij.org/?goal=0_ffd1d0160d-4ddea55429-100373257&mc_cid=4ddea55429&mc_eid=eff04bbf3c

そこに掲載されている動画「Victim of Offshore」は特に興味深いものです。公衆に対して、問題は何かを伝えるための表現方法の工夫が凝らされています。それも重要ですが、もっと重要なのは何を訴えたいかという、その視点です。脱税によって、それが世界中のさまざまな種類の権力犯罪(戦争犯罪を含む)の背景となっており、その権力犯罪によって多くの犠牲者が生まれているのだという視点が示されています。その犠牲者たちのためにこそ、このファクトを暴くのだという構え方が表現されています。強者の側に立つのではなく、強者によって犠牲となった人々、つまり犠牲者の側に立って強者の不正を暴露するのだという精神的構えです。その立ち位置があって初めて、Investigative Journalismなのだと私には思われます。

日本の朝日新聞と共同通信の記事にはいまのところ、脱税というお金の問題という視点だけで、権力犯罪とその犠牲者という視点は伺えません。これは金持ちや権力者が単にお金でズルをしているという個人的・表層的なレベルの問題ではないはずです。日本の両メディアが続報を出すかどうか、注目しましょう。

ICIJのサイト:
https://www.icij.org/index.html

最初に「パナマ文書」を入手した南ドイツ新聞のサイトも大きく展開しています。
http://www.sueddeutsche.de
その国際版(英語版)です。
http://panamapapers.sueddeutsche.de/en/

花田達朗
2015年11月14日

ドローン・ジャーナリズム
    
      

ドローンというと、日本では今年4月に首相官邸の屋上に墜落しているのが発見されて以来、その名が一般にも通り始め、そして墜落場所が日比谷公園ではなく、よりにもよって首相官邸屋上であったことから直ちにテロ対策とか飛行規制とかの文脈で語られる羽目に陥った。何でも規制しようという勢力に格好の材料を与え、困った顔を装いつつ喜ばせてしまった。しかし、実際はテロとは関係なく、ドローンを飛ばして楽しむ趣味の人間が案外多いらしいということが伝わってきた。ラジコン趣味の延長に見える。ただ、カメラを搭載できることや、上空で停止できることなど、ラジコンとは大いに異なった点も多い。

日本でのドローンは、このようにホビーがテロ問題へと飛躍するという奇妙な展開を示したが、米国ではどうか。日本の新聞でも、オバマ政権下でイラクやパキスタンなどで無人飛行機が投入されるようになってから一般市民がその犠牲になっていることが伝えられ、また無人飛行機の投入自体の是非が論じられてきた。その無人飛行機という日本語は英語ではドローンである。どうして同じ英語を日本語ではこのように使い分けるのだろうか。何か狙いがあるのだろうか。使い分けている結果、人々の意識レベルにどのような結果がもたらされているだろうか。

中東地域で戦争に使われる米国のドローン。10月初めにノルウェーであった、あるジャーナリズムの国際会議で、初日夜のセッションのタイトルが「ドローン」だった。CIAがパキスタンで投入しているドローンを取り上げたドキュメンタリーが上映され、監督が挨拶した。それはドローンが両サイドを蝕んでいる様を描き出していた。ドローンによって攻撃される側では、民間人や子どもたちが実際に誤射されて犠牲になっているのみならず、ドローンの飛行音そのものが日常的に聞こえてきて、人々の恐怖感を極限にまで高めているのである。子どもたちの顔は強ばっていた。きわめて非人間的な武器が登場したのだ。もちろんそもそも人間的な武器があるのかどうかは問われなければならないとしても。

他方、地球の反対側にはそのドローンを画面上で操縦し、ボタンでロケットを発射する「兵士」がいる。この兵士たちは毎朝自宅から車でサラリーマンのようにドローン操縦席に出勤してくるのである。そして、ゲーム機に向かって遊ぶように、通信衛星経由の電波を使って遠隔操作で戦争をするのである。自分の側からだけカメラを通して敵が見えて、自分は決して敵から見られることはない。敵から狙われる恐怖のない、まったくの「安全地帯」にいて、そこから敵にロケットを打ち込むことができる。一体これは何なんだろうか。それは命のやり取りをする戦闘における、絶望的な非対称性にほかならない。まさにその非対称性に耐えられず、精神を病む「兵士」が出てくる。「安全地帯」にいるのだからラッキーなはずなのに、逆に底知れぬ罪悪感に陥れられる。その「兵士」は機械ではなく、人間だからだ。こうして安全なはずの兵器ドローンはそれを使う側を蝕み始めていく。敵の弾丸によって心臓を撃たれるのではなく、自分の操縦する兵器によって自分の心が撃たれるのだ。これが米国のドローンだ。

さて、私が初めてドローンという言葉を知ったのは、2012年12月初めのことだった。しかも、「ドローン・ジャーナリズム」という組み合わせによって、である。場所はトルコのイスタンブール。そこに1ヶ月近く滞在していたが、ある日、現代デザイン・ビエンナーレを訪れた。とある会場の片隅に、変なものが置かれていた。虫のような形をしたロボットに見えた。近づいてみると、プレートがあって、そこには「ドローン・ジャーナリズム」というタイトルが書かれていた。何のことだか、よく分からなかった。drone=雄バチ。それがジャーナリズムと何の関係があるのか。その黒いロボットの横にディスプレーがあって、画面にタッチした。そこに出てきた映像は上空から自由自在に警官隊とデモ隊の双方の動きを映し出していた。確かに蜂の眼から見た情景はまさにこういうものだろうと思われた。自分が蜂になったような感じにさえ見舞われた。プレートを見ると、それはポーランドからの出品で、映像は2011年11月の独立記念日にポーランド警察と、ポーランド、ドイツ、バルカン諸国から集まった右翼過激派の衝突をドローンで撮影したものだった。「ドローンが戦争の形を変えたように、ジャーナリズムの形を変えると、多くの人々は思っている。」とも記されていた。私は何故か強く心を動かされた。蜂の視点を獲得したジャーナリズム!! 私はその映像をiPhoneに収めた。

同じドローンでも、こうも違うのだ。ジャーナリズムの新しい観察の飛び道具として、人殺しの新しい構図をもたらす武器として、ホビーの失敗を国家安全保障問題へ都合良く転化する格好の機会として、雄バチはブンブンという持続低音を響かせて、さまざまに異なった文脈を飛んでいくのである。 (花田達朗)

   

   














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2015年9月11日
 
日本版9.11の一周年に寄せて
 
この1年は長いようで短く、短いようで長く感じられた。「日本版9.11」とは、朝日新聞・原発「吉田調書」記事取り消し事件のことである。私はあれからもう1年が過ぎたのかと、ある感慨を禁じ得ない。と同時に、状況に対する、ある種の不信感をももたざるを得ない。あの事件は何であったのか、戦後ジャーナリズム史においてあの事件はどのような意味をもつものなのか、どのように位置づけられるものなのかについて、どれだけの深い議論がこの間に行われただろうか。そういう議論を行う用意と覚悟を人々はどれだけ示し、実際にどれだけ展開しただろうか。
 
管見するところ、残念ながら、ほとんどなかったと言わなければならない。見られたのは、問題の本質を捉え損なった表面的な「コメント」ばかりだった。問題の本質を気付いてか、気付かないでか、知ってか、知らないでか、いずれにせよ、それを迂回し、回避するような多くの文章であった。核心をずらし、斜に構え、どこか人ごとのような多くの発言であった。言うまでもなく、その際、この事件をデマゴーギッシュに取り扱うものを除外した上のことである。
 
私は、『いいがかり―原発「吉田調書」記事取り消し事件と朝日新聞の迷走』(七つ森書館、2015年3月刊行)において、はっきりした立場と見方から発言をした。多くの著者が参加した本であったが、その本の書評は地方紙数紙に掲載され、共同通信の新刊紹介で配信された。しかし、朝日新聞およびその諸刊行物を初めとして、全国紙からは黙殺された。本そのもの、あるいはその本のなかの論考に対して、反論があるなら反論してほしいものである。賛同するなら、そう表現してほしいものである。議論があるのなら、議論を持ちかけてほしいものである。
 
私は日本のジャーナリズムおよびジャーナリストがこの問題をオープンに深く議論し、一定の決着をつけない限り、次の展開はないのではないかと思っている。もちろん、これはジャーナリズムを止めたメディアや社員にはそもそも関係のない話である。ジャーナリズムでもジャーナリストでもないのだから―。そうではなく、仮にもジャーナリズムやジャーナリストを標榜するのであれば、それらにとってこの問題は、頬冠りし、素知らぬ振りをしていれば、いつの間にか忘れられるだろうという問題では決してない。正面から対峙しなければ、いつまでもそこに残っているのである。そして、それを何らかのやり方で乗り越えなければ、「次」は決して来ないであろう。乗り越えるやり方はただ一つ、言葉を尽くした議論しかないのである。 (花田達朗)


2015年7月14日

7月4日ジャーナリズム研究所設立記念シンポの基調講演の延長線上に、琉球新報から依頼の寄稿原稿を書き、それが今日7月13日の新報の文化欄に掲載されましたので、ご参考までに掲載します。 (pdfを開いて読む)  


 

2015年7月4日 

 基調講演記録を公開しました (講演録を読む) 

権力とジャーナリズム - ガラパゴスからロドスへ -
花田達朗 (早稲田大学ジャーナリズム研究所設立記念イベント基調講演録)

     










 

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2015年4月26日

この4月、総合研究機構設置のプロジェクト研究所としてジャーナリズム研究所が開設されました。この研究所は多少の歴史、前身の歴史をもっています。それを振り返ってみましょう。
2002年12月〜2006年3月 ジャーナリズム研究所
2007年4月〜2010年3月 ジャーナリズム教育研究所(第1期)
2010年4月〜2015年3月 ジャーナリズム教育研究所(第2期)

2002年のジャーナリズム研究所を作ったのは故・林利隆氏でした。それは早稲田大学に独立ジャーナリズム大学院を作ろうという彼の構想の一環でした。同様に、彼が関わった石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の設立もその構想の一環であり、そのための準備でした。ところが、林氏は2005年9月に急逝します。彼の遺志を引き継ぐことを要請された私は2006年4月に早稲田大学に移り、翌年ジャーナリズム教育研究所を作りました。それが2007年の研究所です。しかし、結局、独立ジャーナリズム大学院設立の林・花田構想はうまく運ばず、頓挫してしまいました。力及ばずして、林氏には申し訳ないことをしました。とは言え、学部学生向けのジャーナリスト養成教育プログラムである全学共通副専攻のほうは着実に発展させることができ、2013年に教科書『レクチャー現代ジャーナリズム』を早稲田大学出版部より刊行することをもって目下の条件のもとでの完成形に達しました。この教科書のなかに私たちが開発してきた教育の形が凝縮されています。

それをもって研究所を終幕としようと思っていたところ、ジャーナリストのみなさんのほうからは研究所の仕事はまだ終わっていない、まだやるべきことがあると言われ、私もそう言われれば返す言葉も無く、その通りだなと考え直すことになり、昨年このジャーナリズム研究所の設立申請をすることになりました。そして、昨年はまさに日本のジャーナリズム状況が今までとは違う次元の危機に入っていった年でした。

ジャーナリズム研究所は思いを新たにして、「ジャーナリズムの改善と発展」のためにさらに取り組んでいかなければならないし、それをやっていきたいと思います。ジャーナリストの横の連携を目指す器になりたいと考えています。みなさまのご支援をお願いいたします。

ジャーナリズム研究所所長 花田達朗